天穹に蓮華の咲く宵を目指して
   〜かぐわしきは 君の… 2

 “鳳仙華"  後編



高速道路のそれなのだろう、
威圧感さえある、重たげで武骨なコンクリートの橋げたの下。
そんな、薄暗いばかりで それはそれは殺風景な場所で。
宵闇の迫る中、よくある白い鋼のガードレールに腰掛けて、
身を寄せ合うようにして、遠くの何かを見ているカップルがいて。
何が見えるの?と訊いたらば、
よく茂った木々の梢が夜空より黒々した群雲みたいになっているのと
橋げた本体のやはり黒々とした大きな陰との間、
ほんの少しほど空いていた隙間の空間に、
ずんと遠くで揚がっている打ち上げ花火が望めるのが判って。
かすかに音が届くほどだから無茶苦茶遠いわけじゃあないけれど。
声をかけたのからして、
花火見物する人たちを取材していたTV局のクルーだったんだけど。
それでも、
よくもまあ こんな格好で垣間見えるよな隙間を見つけたねぇと、
あまりの意外さを いたく感心されていて。

 ああ、こういうのも良いねぇvv
 うんうん、可愛いねぇ。
 カレ氏が取って置きの穴場だよって見つけたのかなぁ。
 カノ女が“人込みはヤだ”って言ったとか?
 一緒にいるところを誰か見られるのが恥ずかしいとかvv
 どこのオトゲーですか、そりゃ。

市販のを二人きりで楽しむというのじゃなくて。
誰もが知ってるような壮大な打ち上げ花火を、
生で観たい、会場へ出掛けたいというのはホントにホント。
でもね、実を言うと…それは単なるお題目や言い訳で。
彼らにとって もっと大切なのは、
やっぱり、カレ氏と(カノ女と)一緒だっていう“特別”の方。
小さな空間に揚がるミニチュアみたいな花火を
二人だけで、お顔を寄せ合って観たこの夏って、
本当に特別な思い出になるに違いなくって。

 「私たちなら差し詰め、
  雲上の端っこからの
  こっそりとした覗き見ってところだろうか。//////」

 「慎ましいのか壮大なのか、微妙なところだね、それ。」

  まったくです。(笑)




     ◇◇◇



そういえばと、イエスがネットで調べると
光明せんせえというのは 結構有名な工房を持つ人で、
いわゆる染め師の大家らしく。
それを選んだブッダへ、
呉服屋さんのご主人が“お目が高い”と言ったのも頷ける。

 『私はそんなブッダだってのが鼻が高いよ。』
 『…何 言ってるかな。///////』

謙遜からというより、
すぐの間近からの ダーリンが見せたにっこりへと、
判りやすくもたじろいだらしい
イエスのハニー様だったが、それもともかく。(うぉい

 いよいよの花火大会の当日がやって来た。

小学生の遠足でもあるまいに、
先夜からなかなか眠れなかったイエスは、
そのくせブッダと同じ頃合いに眸を覚ましてしまい。
開始は午後の8時からだというに、何をやっても落ち着けない様子でおり。
だったら昼寝でもと勧めたものの、
それもやっぱり浮足立ってて寝付けないと不平ぶうぶう。

 「だって あんまり暑いとサ、
  午後から入道雲を呼じゃって、
  凄まじいにわか雨が降たりする ここんとこじゃない。」

それが気になってと、
もっともっとずっと小さい
小学生みたいなことまで言い出すヨシュア様へこそ、
日頃以上に手を焼いたブッダ様だったそうで。

 「もうもう、そんなに心配なのなら
  いっそ君んトコのおじさんに掛け合ったらどう?」

 「そ、それはっ。」

イエスの父上と言えば、雲上においても至上の御主にして万能の存在。
何となれば 息子へのメッセージのためにだけという虹さえ架けられる、
それはそれは偉大なお方なだけに。
一夜だけの、しかも小さな小さな町の真上という
それは狭い地域の空から雲を追い払うくらい、
障子紙に穴を空けるより簡単かも知れないよと。
簡易キッチンのコンロの前から、
カボチャの甘露煮を煮込みつつ、ブッダが冗談半分に言ったところが、

  ……急に大人しくなってしまい。

 「…………。」
 「イエス、冗談だからね。」

わ、判ってるってと、こちらへ向けていた背中がピョンと跳ね上がり、
手にしていたらしき携帯が ごとりと畳の上へ落ちた辺り。
本当に本当に判りやすい御子様だったりしたのであった。(笑)





高野豆腐の含め煮と椎茸の甘煮、
細長く切った卵焼きにキュウリとミツバを、
ご飯の空き地のやや端へ土管のように詰んで、
くるっと大判のノリで巻いたのり巻きと、
カボチャの甘露煮に、
エノキの澄まし汁という早めのご飯を食べて。
しばし食休めしてから銭湯へ。
それからそれからやっと訪ねた呉服屋さんで、
ぱりっとした仕立てのおニュウの浴衣を、
それぞれの身へと粋に着付けしていただいて。
呉服屋のご主人夫婦が見立ててくれた通り、
どちらかといや色白な二人には、濃色の生地がよく映えて。
しかも背が高いので、
ブッダが選んだシックな柄ものも
ゆったり余裕でその風流な柳の景色を展開させていたし、
イエスが選んだ細かな縞の柄のほうも、
たっぷりした長身へ使われていればこそ、
近づいてみたら あ・無地や小紋じゃないという遊び心が発揮されての、
なかなかに様になっており。
女性と違って低いめの腰回りに帯をぎゅうと締めてという、
しっかとした着付けをしてもらい。
さあ行っておいでと送り出された店の前。
そこからもう見物の人たちが集まり始めてもいる夕涼みの人波へ、
顔を見合わせると二人して紛れ込む。
いきなり履くと転ぶかもしれないと言われた下駄は、
買った一昨日から少しずつ履いてたので、捌きようも何とか身についていて。
それに、急ぎたくとも のろのろとした、
まるでお盆のナスの牛の行進を思わせる行軍の中なので、
危なげないまま目的地へと向かえそうな彼らであり。

 「で? どんなアルバイトだったの?」
 「何が? あ、まだ言ってなかったっけね。」

半額にしてもらったとはいえ、
結構な生地を使って、しかも丁寧なお仕事してもらった浴衣は、
それを着つけた素材の方々もまた 素晴らしい風貌だったことから、
これはもう人目を引いてしょうがなくて。

 「あの呉服屋さんで仕立てたんだってよ。」
 「そうそう、あたしら見たもん。」
 「やっぱカッコいいよね、あのおにいさんたちvv」

いつぞやにすれ違いでお店へ入ってった子たちだろか、
遠目に注目するお仲間を前に、
優越感いっぱいに、そんなことを吹聴していたらしいことは
生憎と二人のお耳には届かなんだが。
まま、そんなことは どうでもいいから置くとして。

 「あのね?」

胸元へ伏せていたウチワを、それらしく口元まで持ち上げて、
その陰でイエスがブッダへと囁いたのが、

 「ここの、駅に近いほうの出口にある酒屋さんの、
  配達の助手をしていたの。」

 「………はい?」

聞いたブッダ様が、一瞬 思考を凍らせてしまわれたのは、
イエスの素養や特技や何やを ようよう御存知だったなればこそ。
つまり、

 イエス、君ってば運転免許持ってたかい?
 ん〜ん、持ってないよ。

 重いものの上げ下ろしとか出来たっけ?
 それもしなくて良いって。

 「?????」

ブッダが思わず立ち止まったくらいに、何とも平仄が合わぬ話であり。
急に止まったせいで、後を歩いてた人とぶつかりかかり。
あ、すいませんと道を譲ったついで、
河川敷へ向けてのほぼ歩行者天国と化してた商店街通りの
お店側にあたる端へと よじよじと横移動して。
自販機の陰で話を続けたところによれば、

 だからね、酒屋のおじさんが配達の助手を探してるって話があったの。
 何でも依託で路上駐車の監視パトロールをするおじさんがご近所にいて、
 そりゃあ頻繁にチェックしに来るものだから、
 得意先の近くへ停めておくと、
 いちいち揉めて面倒だってこぼしてたらしくって。
 そんな中で、監視パトロールのおじさん曰く、

 『誰でも乗ったままでいりゃあ停車扱いにしてやらぁ』

 とのことだったんで、
 その人が見回りに来たおりに
 携帯で知らせてくれりゃあいいっていうポジションの

 「お中元シーズンだけの、そういうアルバイトだったの。」
 「……どこの監視カメラですか、それ。」
 「酒屋のおじさんは、
  交番の“すぐ戻ります”の札みたいなもんだって言ってたよ?」

どっちにしたって。(笑)

 「勿論、私もね、そんなんで成り立つものかなって。
  いざ出掛ければ、ちょっと手伝ってって
  お酒のケースとか重いの持たされるかなって覚悟してたら、
  今時は紙パックが主流だからそんなに重くもなしでね。」

ビールとかミネラル水の箱買いなんてのの配達は、
おじさんが健康のためだからって自分で上げ下ろしなさってたし、
そも小さめのクレーンみたいのと台車使ってたから、
本当にそっちの手伝いは要らねって言われて。

 「そもそもからして、お中元の配達が増えたのでっていう
  期間限定のお話だったこともあっての、
  凄い甘いって言うか、美味しいバイトだったんだvv」

相手の依託のパトロール員のおじさんっていう人もね、
曲がったことが嫌いな気性なだけで。
それほど小意地が悪い人ってことでもなくて。
おじさんが配達先へ向かってる間、
私が助手席へチョコンと居残ってるのと鉢合わせするとね、

 『こらクソおやじっ、
  可哀想に置き去りにしやがって、熱中症になったらどーすんだっ。』

戻って来たおじさんへ、そんな風に怒ることもしばしばだったそうで

  ………って、それって。

 「……うんまあ、
  幼児を炎天下の車内に不用意に置き去っての
  不幸な事故っていうのは、よく聞くけれどもね。」

それを案じてやるような幼い子でもなかろうにと、
ブッダがわざわざ言うまでもなく、
それへはイエスもかなり脱力したそうで。
そんなほのぼのした“お留守番”係のアルバイトを
イエスなりの真面目にこなしていた10日間だったとか。

 『イエスちゃんて可愛いから、
  あたしらの年代だとつい、連れ歩きたくなるんだよね。』

呉服店の女将さんもそんな風に言ってたくらいで、
ああ、今度からは4時間限定とクギ刺しといてよかったと、
こっそり胸を撫で下ろしたブッダ様だったのは ここだけの話ですが。(笑)

 「…というわけです。」
 「うん、ありがとvv」

もう済んだことだからいいじゃんかと照れたり面倒がらず、
ちゃんと話してくれたイエスなのがまたぞろ嬉しい。
じゃあ行こっかと、再び人の波へと紛れ込みつつ、

 「迷子にならないようにネ。」
 「あ…。//////」

頼もしい手でこちらの手を取り、
そのまま手を引いてくれるのが…恥ずかしいけどやっぱり嬉しい。
雑踏の中は、輪郭のない会話が充満していて。
でも、半歩ほど先に覗ける、不揃いな髪がかかるイエスの横顔とか、
ちょっぴり堅い手の雄々しさとかしか感じられなくて。
1時間以上もあるっていうから結構な規模の花火だよね、
竜二さんのところの皆さんも今回は見物に来るって言ってたよと、
自分たちもまた、何てことはない話を紡いでいたのだけれど。

 「…あのね、イエス。」
 「んん?」





  「君が大好きだよ?」

  「うん、私もブッダが」











今度はイエスが立ち止まり、
後続の人たちがぶつかりそうになるものだから、

 「イ、イエス?」

ブッダが“どうしたの?”と伺うように手を引けば、
その手をぐんと引き戻されて。

 「うわ、嬉しいっ!」
 「え? わあ、いえすっ。/////////」

雑踏の真ん中ではた迷惑この上ない、
腰の辺りに輪を作るようにして、
ぎゅうと抱えての足が浮くほど抱き上げられたそのまま、
あ・そっかぁと、遅ればせながら我に返ったイエスに
再び、早じまいかシャッターが降りていた
知らないお店の軒先までを ととと…と運ばれており。

 「……結構 力持ちだね、イエス。」
 「そんなことよりっ。///////」

うあ、何日振りだろね。
ブッダから好きって言ってもらえたなんて。
ひゃああ、もうもうどうしようっ、
何か変な声が出ちゃってるよ、私っ。////////
うん、凄い嬉しいよ、ありがとうっ。
勿論、私も大好きだよ、と。
感動しきりか、
そりゃあもう、という勢いで嬉しいの連発になるイエスであり。

 「重みがあるなぁ。凄い染みる。」
 「そ、そんな。/////////」

日頃からもそういえば、
感情表現が豊かというか大仰なイエスではあるけれど。
ここまでのリアクションをされちゃうと、
ああ、なんか途轍もないことをしたような気分になっちゃうじゃないのと。
面映ゆいやら恥ずかしいやら、

 「あ、でもネ、
  私からの“好き”も、
  決して廉売してるって訳じゃないからね?」

 「うん。それはもう。///////」

それこそ判っているよと、頷いたそのまま俯いてしまう。
優しくておおらかな、それはそれは大きな、イエスからの“好き”。
どんなに想っているかを思う端から率直に伝えてくれてのものであり、

 “それはもうもう、生きが良いったらないのだものね。//////”

いい歳となりをして、可愛らしい告白に頬を染め合うそんな二人へ、

 「あ、イエスっ、ブッダっ!」

雑踏の方から、愛らしいお声が掛かる。
ご両親に連れられて、愛子ちゃんが通りかかったようであり、

 「あ、ほらイエス。竜二さんたちだよ、行こう。」
 「うん。」

照れ隠し半分だろう、
先に発ってってそちらへと向かったブッダの優しい背中を見送って、
隠し切れない頬笑みに、お顔がほどけてしょうがないイエスであり。

 “頑張ったんだろなぁ。”

慈愛の如来でありながら、自分にだけは本当に厳しいし、
前向きで努力を惜しまない、それは果敢な人だものなぁと。
だからこそ、ああまでの失速を見せちゃった、
やっぱり前向きで頑張り屋さんなブッダなことを、しみじみと感じ入る。
今の“好き”だって、
言ってやるぞと思い切った要因には、
雑踏の中だったってことも多少はあったかもしれないけれど。
だとすれば、最悪 届かなかったかもしれないのにね。
そうなったらなったで、もう一度やり直しする気だったものか、
だとすればやはり、
臆病どころか ここ一番は途轍もなく強気な人なんだねと、
今更ながらに思い知る。

 “…でもね。”

イエスにばかり言わせていて、
自分はどうよなんて思っていたのかもしれないけれど。
それでのこと、ああまで思い詰めてしまった彼なのだろうけれど。

 “私には毎日のように聞こえていたのにね。”

天界では、本来 調理なんてほとんど手掛けたこともなかっただろに、
ベジタリアンではないイエスにも美味しく食べられるよう、
一杯工夫してくれている毎日のお料理にも。
放っておいたってよかろう寝ぼすけなイエスを、
毎朝根気よく起こしてくれる優しい手にも。

  “大好きだよって気持ちは、山ほど籠もっていたものね。”

じいと見つめておれば挙動不審になってしまう可愛い人。
清廉玲瓏、柔らかで瑞々しくて、
優しい笑顔にまろやかな声をした、それは嫋やかな如来様。
融通が利かぬほど生真面目なせいか、
虚を突かれるとひどく慌ててしまい、
そこがまた意外で惹かれてやまぬ。

 「……。」

内なる混乱を、それでも耐えんとしてのこと、
眉に力の入っていた君は、
あの告白を交わし合う前の、
己を律せぬ事態を恐れた君をイエスに思い起こさせた。
あの折は、やや強引に…間違ったことはしていないと、
それが悪あがきでも頑張ってみるからと説き伏せたけれど。
それが果たして100%正しい選択だったかどうかは、
実のところ、神の子にだって判らない。
聖人としては後輩だけど、片思い歴では私のほうが上だったから。
好きという想いは捨てられぬ、
天乃川ほど大きな何かで引き離されるのもイヤだと。
そんな必死さもあっての、あれでもしゃにむな弁解だったし、
ああでも限界かなと思ってのこと、
もう幕を下ろそうかと思ってたらばの、あの顛末だったワケで。

 “…幸せすぎて怖いくらいだな。”

こうして一緒に暮らすことで、
新たに判ったこと、知らなかったことが
一杯あったとブッダは含羞みながら言ってたけれど。
まだまだ一杯あると思う。

 “だから、これからも よろしくしてもらわなくちゃねvv”

雑踏のまだ手前、
紛れ込まずにこちらを待ってた、浴衣姿の愛しい人が、
甘い笑顔を仄かに朱に染め、早くと手を振って呼び招くのへ。
ああこんな“特別”が、これからも続きますようにと、
誰へともなく祈ってしまいたくなった、ヨシュア様だったそうでございます。






   〜Fine〜  2013.08.10.〜08.21.

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  *そういや、今回のお話では
   ブッダ様もイエスも結構パタパタと商店街の中を駆け回っておりましたが。
   シカさんたちを出す暇がなかったなぁ…。(そこかい)

  *ウチは、
   生真面目で不器用なブッダ様が、
   イエスの奔放さについつい振り回されたり、
   思い詰めての悩む話が多いようですね、ごめんなさい。
   苦行を積んで解脱された人なのだから、
   後進の指導もなさっておいででしょうから、
   こんなくらいのゴタゴタなんて、
   それがどうしましたかと涼しいお顔でやり過ごせるはずでしょうが、
   ついつい女子高生のようなヲトメに描いてしまう うつけでございます。
   イエス様のお言葉じゃありませんが、
   これからも よろしくしてもらわなくちゃねvv
   (待遇改善を要求しますとか言われそうですが…。)う〜ん

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv


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